前口上(2) 最初に。小生のごく簡単なプロフィ-ル。
島根県松江市生まれ。高校卒業後、大学進学のために上京。卒後、業界紙で数年間記者をしたあと、フリ-ライタ-に。それから介護で帰郷する2011年までルポライタ-。
ごくごく簡単に言えば、松江で18歳まで暮らし、関東(東京⇒横浜⇒東京⇒横浜⇒埼玉)で40年間過ごし、還暦になって再び故郷に単身戻ってきたという次第である。
ちなみに、田舎に戻るにあたって浮かんだ人生のサイクルは、子育てされてアバウト20年。アバウト40年は自立。その後は余祿の人生というライフサイクルだ。なお、「第2の人生」という考え方にはなじめない。
人生80年とすれば、
20年-40年-20年。分かりやすい。
とりたてて珍しい経歴ではないのだが、1つだけ特異なのは、自分の親の介護のために(
男・夫・父親が)単身で故郷に戻ったという点にあるだろう。珍しい選択だったからか、『婦人公論』にインタビュ-記事が載ったこともある。
マスコミで、妻が自分の親の介護のために、単身、故郷に戻ったという話は、最近よく出るようになった。「大変だなあ」「えらいなあ」「支援する夫も立派だなぁ」。そう思っても、奇異に感じることはないだろう。
話題になった
楡周平の『介護退職』は、松江に戻る前に読んで生き方として大変刺激を受けた本である。
しかし、よくよく考えてみると、オカシイのである。
主人公は、
自分の親の介護のために退職して夫婦ともども田舎に戻ったのに、実際に介護をしているのは主に妻(親からすればアカの他人)なのだ。
繰り返しになるのだが、夫が自分の親のために仕事をやめて妻と共に田舎に戻る。しかし、夫の親の世話をするのは妻であり、夫と夫の親の食事の世話をするのも妻である。これって、いったい、何なのか。
近所からは「親孝行息子」という評判を得るだろう。
しかし、妻は???
数十年間にわたって培ってきた人間関係(近所、仕事、趣味など)を捨て、夫が生まれ育った地域に引っ越す。地域に溶け込めれば「えらい」と言われ、そうでなければ陰口を叩かれる。これって性差別ではないのか。
要するに、他者〓自分外(妻)に犠牲を強いるような介護は非人間的なのだ。(マルクスのいう『疎外』ではないのか)
今では確信に満ちて、こう思っている。
「自分の親は自分で面倒をみるべき」 夫であれ妻であれ家族と離れて自分の親の介護のために、単身で田舎に帰る。正常なことだとは思わない。近現代社会の矛盾(都市と農村、都会と地方)、見方を変えて言えば
社会病理現象といってもいいだろう。
話はそれる。
家族と離れて暮らす。 浮かんだのは、サラリ-マンの単身赴任である。4、50歳代のス-ツ姿の男性がコンビニで弁当とつまみを買っている光景を夜によく目にするが、あれである。正常なことだと思わないが、もはや日常的になっている。

それで思ったのです。
<俺の場合、「
介護単身赴任」ってことじゃないのか。
「単身赴任」は会社のため。俺の場合は母の介護のため。どちらも正常なことだとは思わないが、「介護単身赴任」の方がより人間的ではないか>
親は、俺を育ててくれた。今度は恩返しをしてもいいのではないか。幸い、子どもは社会人になっている。もう少し本を書きたいという気持ちはあったが、区切りをつけないときりがない。
そんで、母が88歳の米寿、小生が還暦という区切りがいいところで、田舎に戻った(赴任した)という次第である。
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それは新しい言葉です。
わーすごいって思いました。そうだったんですね。
そんな息子をもってお母様は幸せです。
そして、子供は親の背中を見て育つんですね。