ちんたら息子の母親介護日記

自分の親は自分で看るべしと思い立ち、妙齢のご婦人たちと涙の別れをして('∀')、還暦を機に、首都圏から故郷の松江に 「介護単身赴任」。
老母をめぐる出来事や日々の暮らし……人生いろいろ綴りたい。
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ワンピ-ス求めて三千里

老いる:肉体偏(4)

 前回の記事の末尾で、「ところがである。急激な変化が起きたのだ」と書いた。救急車で運ばれるような異変が生じたのかと思われただろうが、そうではない。

 正確に書けば、母の身体に異変が生じていたのに小生が気づいていなかった-ということである。

 母の日常生活はいつもではないが散歩、ときたま買い物といった以外は、食卓のテ-ブルに座わっている。新聞も読んでいたが、だいたいはテレビ。まあ、新聞でもテレビでも姿勢は同じだ。

 異変に気づいたきっかけは何だったのか忘れたが、両手を上に上げることができなくなっていた。頑張っても耳の高さまで。したがって、ブラシで髪をなでることもできない。
 驚きましたねえ~。
「食卓のテ-ブルに座わっている姿」が母の日常だっただけに、子細に観察することもなかった。向い合って話していると、何の問題もない。たまにやってくる人たちも、帰り際に「母さん、元気だがね」と言ってくれていた。

 しかし、異変に気づくと、いろんなことが分かってきた。
 顔を洗うときの姿を見たが、両手で洗うことができず、片手でピシャ、ピシャ。
 そのうち、ズボンを上に上げることができなくなり、「手伝って」と言うようになった。

 「高齢者の場合、動かないと筋肉が萎縮してく筋力が低下してしまう・・・」(中公新書の『認知症』、58)
 あたりまえのことだと思われるだろうけど、実際そうなのだ。それだけでなく、身体を動かさないと、「可動(領)域」が狭くなる
 肩をぐるぐる回わす。首を左右に動かす。思い切り背筋をのばす。背伸びをする。ラジオ体操の動きが全くできないといった方が分かりやすか。
「食卓のテ-ブルに座わっている」だけだから、まったく無縁の動きである。

 気がついてから、いろんな動きをしてもらったが、まるでまるで。驚いた。
 小生が戻る以前も同じだっただろうから、「食卓のテ-ブルにいつも座わっている」姿勢は何年も続いていたと思う。すっかり可動域が狭くなってしまっていたのだ。
 専門用語では「廃用症候群」というらしい。平易な言葉でいえば「生活不活発」。もっと分かりやすくいえば・・・。

 トイレに行くたびに、「ちょっと手伝って」
 ズボンはもう無理。ワンピ-スしかない!新たに買うっきゃない。

 ネグリジェはあったけど、問題は普段着としてのワンピ-ス。いわゆるセクシ-ドレスとか若者向けオシャレドレスはあっても老女向けのワンピ-スはなかった。
(イタリアのミッソーニのニットドレスが最高だと思うのだが、母が着れば、病院行きだ)

 イオン松江店、一畑デパ-ト。くまなく探したが1つもないのである。「あそこにはあるだろう」と松江では人気の中高年向け洋品店「あかだま」にも行ったが、数点あるにはあったけど目ぼしいものはなかった。

 浦和にもどったとき、有名なユザワヤの既製服コ-ナ-、伊勢丹浦和店、イト-ヨ-カ堂をのぞいたがなかった。
 おばあちゃん銀座として有名な巣鴨銀座にも出かけた。30店ぐらいはのぞいた。
「80過ぎの母なんですが、それようのワンピ-スありませんか」
 ある店に少しばかりあった。2点だけ買った。が、実際に着てもらうと、まあさえなかった。母も何だか不服そう。

 ワンピ-ス求めて三千里
 探し探し歩くうちに、だんだん髪が薄くなってきた゚(゚´Д`゚)゚。

探し 探し求めて



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[ 2018/02/27 14:52 ] 老いる:肉体偏 | TB(-) | CM(0)
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