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ちんたら息子の母親介護日記

自分の親は自分で看るべしと思い立ち、妙齢のご婦人たちと涙の別れをして('∀')、還暦を機に、首都圏から故郷の松江に 「介護単身赴任」。
老母をめぐる出来事や日々の暮らし……人生いろいろ綴りたい。
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小生の死に関すること(1)

身辺雑記(14)

「死」のことである。
あたりまえのことだが、母(96)が亡くなる前に死んではならないと思っている。
しかし、母が亡くなったら、いつ死んでもいいという気分になっていた。厭世とかニヒルというわけではない。もう十分に生きてきた感覚があるからだ。そりゃあ、あれもやってみたいこれもやってみたいという気分がないわけではない。でも、それを目指して準備するという意欲はわかない。
たとえば、中国を旅したいという気持ちはある。しかし、旅を満喫するにはそこで暮らす人たちと会話することが必要だ。通訳ガイドを雇うという手はあるけど、実際体験したのだが、通訳者は面倒くさいのか通訳を端折る。中国のアンシャンでのこと。
で、旅満喫には中国語をマスタ-しなければならない。ラジオ講座にトライしていたが、挫折した。

話がだんだん細道に入っていくので、元に戻す。

「いつ死んでもいい」という訳にはいかなくなった。 なぜなら、犬(柴犬の「ちゃん太」君)を飼ったからだ。
最近のペットブームで、朝日新聞までもが、無責任な飼い方をしてはならんといっている。つまり、60歳を過ぎてから犬や猫を飼うべきではない、と。飼い主が亡くなれば、犬猫は殺処分されることになるから・・・。
確かに!
で、干支が一巡するまでは生きなければならないと思うようになった。
ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い

ちゃん太は「うさぎ生まれ」。一巡すれば13歳になっている。老犬だ。そのころは小生とちゃん太はどうなっているのだろうか。まあくだくだ考えてもしようがないから、酒でも飲んで、終わりにする。

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[ 2019/08/03 12:28 ] 身辺雑記 | TB(-) | CM(0)
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