ちんたら息子の母親介護日記

自分の親は自分で看るべしと思い立ち、妙齢のご婦人たちと涙の別れをして('∀')、還暦を機に、首都圏から故郷の松江に 「介護単身赴任」。
老母をめぐる出来事や日々の暮らし……人生いろいろ綴りたい。
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夫と妻

前口上(4)

 投稿から
<私は長男なので両親に「いずれ戻るから!」と念を押すのですが、妻からは冷ややかに「戻るって面倒みるの誰?言うだけは楽よね」と言われております(汗)。
 男はどうしても「給料稼ぐのだから」と言い訳がましくなりますけど、自分の親なのだから自分がみるのが当然ですよね>

 非開示投稿から
<我が家も去年から義理母が介護施設に入っています。
 義理父はうちと同じ建物の上で暮らして、ご飯は1日3回うちに食べに来ます。
 先週,北海道の実家に戻りましたが、母は元気でしたが父はかなり弱った様子で、私も頭の片隅に介護帰郷を考えておかなくてはと思いました。
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[ 2018/01/29 14:48 ] 前口上 | TB(-) | CM(2)

己の欲せざる所は人に施す勿れ

前口上(3)

 前回の記事に反応がありました。
●医療・福祉・介護関係者がミタ裏日記
●「ある介護ブログを読んで思ったこと」
●https://ameblo.jp/seven-grassa-herb/

 直接は関係ありませんが、相続税の40年振りの改正で「息子の嫁と介護」のことが話題になっていますね。


 母の介護のために帰郷しようと思ったのには、父が早くに亡くなったという事情もあります。
 私が大学1年生のとき、母は48歳でした。それから母はずっと1人暮らし。最後は生活のサポ-トをしてもいいのではと強く思うようになっていました。

 直接的なきっかけは、銀行から引きおろしたお金が紛失した-と、ちょっとした騒ぎになったこと、もう1つは私がたまさか帰省したとき、ガスの消しわすれで、ヤカンが黒こげになったこと。
 前者の騒ぎのとき、ケアマネさんから「今後はどうされますか」と質問されました。(このときは「要介護1」だった)
 より深刻なのはヤカンの黒こげでした。一度だけでしたが、でも、夜、母がヤカンに火をつけたままにした場合、どうなるのか。母は「鼻がず」(出雲弁〓鼻が臭わない)です。クサヤを近づけても無反応だった!(°_°)
[ 2018/01/18 14:20 ] 前口上 | TB(-) | CM(3)

介護単身赴任という考え方

前口上(2)

 最初に。小生のごく簡単なプロフィ-ル。
 島根県松江市生まれ。高校卒業後、大学進学のために上京。卒後、業界紙で数年間記者をしたあと、フリ-ライタ-に。それから介護で帰郷する2011年までルポライタ-。
 ごくごく簡単に言えば、松江で18歳まで暮らし、関東(東京⇒横浜⇒東京⇒横浜⇒埼玉)で40年間過ごし、還暦になって再び故郷に単身戻ってきたという次第である。

 ちなみに、田舎に戻るにあたって浮かんだ人生のサイクルは、子育てされてアバウト20年。アバウト40年は自立。その後は余祿の人生というライフサイクルだ。なお、「第2の人生」という考え方にはなじめない。
 人生80年とすれば、20年-40年-20年。分かりやすい。
[ 2018/01/14 11:48 ] 前口上 | TB(-) | CM(4)

介護生活スタ-ト!

前口上(1)

 仕事をやめて、老母の介護のために単身帰郷したのは2011年10月のことである。
 もう、6年以上も前のことになる。
 すぐに「日記」(ブログ)を綴ろうと思っていたし、ときおり早く書かなければと焦りにも似た気分になっていたこともあった。体験だけでなく自分の気持ちも忘れていくことの恐さ(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)。

<注>韓国映画 『私の頭の中の消しゴム』は衝撃的だった。記憶がなくなる。心がなくなってしまう。

 怠けていたわけではない。2009年から始めていたブログ「火の粉を払え」に力を注いでいて、ぼくの能力からすると、2つのブログを同時に綴るのは無理であった。いくつかのことが同時にできない、フリ-ランスに向かない性格も大いに絡む。
[ 2018/01/11 14:34 ] 前口上 | TB(0) | CM(2)